2011年4月12日火曜日

東部中学校のころ②



2年A組(1953)





学級機関誌「カガミ」10号





バリー先生の手紙(部分)





バリー先生の手紙(封筒)






学級の経営方針


1953年4月、2年A組を担任するにあたって、生徒や父兄のみなさんとも相談の上、「ことしの目標、2項目」を設定しました。


①みんなで仲よく生活する(生活指導)。「男女共学」が実施されてから数年たっていましたが、「民主主義」や「男女同権」はただのスローガン、タテマエ論だけ。学級生活の中で、毎日のようにケンカがあり、とくに男子生徒が女子生徒に暴力をふるう事件がつづいていました。中学校は義務教育の「仕上げ段階」です。中学校生活の中で、なんとしても「民主主義」や「男女同権の意識」を身につけさせたい。そんな願いをこめて、「みんな仲よく」という目標を立てました。 具体的には、毎日終礼のホームルームの時間に「反省会」を開くことにしました。


②自分からすすんで学習する(学習指導)。教師や親から責めたてられ、いやいやながら「勉強」していても、学習効果は期待できません。「おもしろいから、やる」、「デキル・ワカルようになったから、つぎのステップに挑戦する」というようにしたい。学習するのは生徒本人ですが、学習意欲をそそるような環境作りをするのは、教師や親の役割だと思います。具体的には、「グループ学習」の方法を提案し、実験してみました。


学級機関誌「カガミ」


学級経営の目標を達成するためには、教師と生徒と父兄の合作協力が必要です。そこで、生徒や父兄に呼びかけて、2年A組だけの連絡機関誌「カガミ」を発行することにしました。父兄からは、「学級機関紙発行に賛成、ただし、1回か2回発行して、あとは続かないのが通例…民主主義の実現は1日にして成らず、わかい学生の日常生活を通じ、体験によって真の自由主義を学びとらせることが第一義的だと思います…」などの意見が寄せられました。年度当初から翌年3月までの1年間に、第15号まで発行しました。ザラ紙B5判、延べ90ページ。写真でごらんのとおり、ガリバンの技術もへたくそで、よみにくい機関紙になりましたが、生徒も父兄もよくガマンしてつきあっていただきました。わたしは絵の才能がないので、カットなどはおもに同僚の畔田三郎先生(その後高校へ転出)に応援していただきました。また、第11号「夏休みの生活から」のように、編集委員の生徒たち8人の手で編集・制作したものもあります(ガリ版、B5版14ページ)。


「反省会」と「反省文」


毎日終わりのホームルームの時間に、だれかから提案があれば、すぐ「反省会」に切りかえました。いちばん多かったのが、男子生徒の女子生徒への腕力ざたでした。加害者がひとこと「ゴメンナサイ」といえば、それで一件落着というのが原則でしたが、そのヒトコトがなかなか出てきません。反省会の時間が長びいて、クラブ活動に遅刻するという苦情もでてきました。それでも、わたしは「反省会」を優先してきました。「カガミ」第8号で「反省会の記録」を特集。9人の作文(反省会の議決で、作文提出を課されたもの)をのせています。形式的な反省文ではなく,ひとりひとりのホンネが書かれていて、いま読みかえしてみてもおもしろい。まさしく「人間成長の記録」です。


アメリカだより


「カガミ」第12号で、スチブサント バリーさんからいただいた手紙を「アメリカだより」として紹介しました。バリーさんのことは、前記パール バック女史からご紹介いただきました。200年の伝統をもつ、クエーカー教の学校の校長先生です。その手紙の中でバリーさんは、わたしの質問にこたえて、小学校経営の経験を語られました。「黒人やユダヤ人に対する偏見。アバレモノ。ケンカから仲直りまで」など。クエーカー教は、絶対平和主義を固く守り、戦争中でも公然と兵役を免除されてきた宗派だそうです。


「投書事件」のこと


7月3日、わたしは校長先生から質問されました。「教育委員会に呼ばれて、こんな話を聞いた。先日、ある父兄からとして、投書があった。『うちの子が学校でイズミ先生からこんな話(皇太子殿下の欧米旅行について批判)を聞いてきた…』という内容。君は、じっさいそんなことを生徒に言ったことがあるのか?」「わたしはホームや反省会ではたいてい議長や記録者をおいて進行しています。わたし自身、そんなこと言った記憶はありませんが、直接生徒におたずねくだされば、はっきりすると思います」発言した本人が忘れていても、きいた生徒が覚えているかもしれません。念のために、翌日朝、ホームの全生徒にたずねてみました。さらに、「カガミ」(第10号)で、「校長先生のご意見」もそえて経過を報告し、父兄にアンケートを求めました。たくさんの回答が寄せられましたが、「投書」の内容を裏づけるようなものはゼロでした。


「反省会」の反省


6月にあった父兄会のときの話です。授業参観のあと懇談会が予定されており、18人の父兄が参加されました。第6限に予定の授業が、学校の都合で急にホームルームに変更されました。2年A組、終礼のホームルームはいつも「反省会」形式で進行されます。この日の議長はK子さん。議題は①授業時間中の態度。②机にこしかけること。③その他。生徒たちがあまりはげしく討論するので、参観していた父兄の方々は内心びっくりしておられたようです。そのうち、一人の男子生徒の発言が波紋をよびました。「先生方の中にも、机に腰かけられる人があるから、僕たちだってかまわないと思う」「先生のすることは、どんなことでもまねしてよいとおもいますか?」 その「反省会」から60年ちかくなります。テレビで国会中継を見ていて、つくづく思います。「子供は、親の背中を見て育つ」といわれますが、国会議員の先生たちは子供たちにどんな背中を見せておられるでしょうか?「2年A組の反省会」とくらべて、質的にどれくらい進歩しているといえるでしょうか?

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