2011年9月27日火曜日

「五十音図」を見なおす 


「象形言語説」紹介記事、1991


「カナノヒカリ」908号、2000


64音図のこころみ」  2001


「語音資料リスト、その1」 2002


 「語音資料リスト、その2 」 2003


象形言語説の応用①

仮説の「検証」から「展開」「応用」へ
これまでは、仮設「象形言語説」の「検証」に重点をおいて作業をすすめてきました。その検証作業にどうやらメドがついた感じで、このあと「展開」「応用」の段階にはいるわけです。
具体的な作業として、なにができるか? あるいは、なにをしなければならないか? 
まずは、「象形言語説」にしたがって日本語を見なおすことです。具体的な作業としては、「五十音図」を見なおし、修正版をつくること。さらには「現代日本語音図」をつくることなどです。

 
故志田延義先生のコトバ
この話になると、故志田延義先生のコトバが思いだされます。わたしが「コトダマの世界…『象形言語説』の検証」を発表したとき、先生はたいへん興味を示され、「音義説・言霊論を科学的に再構築することを目指したもの…論議に事欠かない意欲的な新著だ」という趣旨の一文を地元の新聞社に寄稿されました(北日本新聞、1991.10.17.)。そしてある日、「仮説の検証も必要だが、この仮説を応用してなにができるか、そっちの方にも興味がある」と注文をつけられました。しかし、当時のわたしは仮説の「検証」作業だけで精いっぱい。「応用」までは、考えがおよびませんでした。

現代日本語はチャンポン語
ところで、日本語はもともと どんなコトバだったでしょうか? そうです。もとはヤマトコトバ中心で、外来のコトバはごく少数でした。ヤマトコトバの音韻感覚さえわかっていれば、どんな場面でも自由に対話できました。
それが時代の変化とともに、日本人の生活環境が変化し、日本語そのものが変化してしまいました。現代日本語は、全体構造としては あいかわらずヤマトコトバ中心ですが、語彙体系の内容を見ると、漢語や英語などからの外来語がやたら増えています。現代日本語は、まちがいなく複合語、つまりチャンポン語です。

「五十音図」は現代日本語に通用しない
現代日本語はチャンポン語でありながら、ヤマトコトバの音韻感覚で全体を統一しようとしてきました。そこにムリがありました。ヤマトコトバと漢語と英語などの外来語は、もともと独立した民族言語であり、それぞれ独特の音韻感覚をもっています。その音韻感覚のちがいを無視して、ヤマトコトバの音韻感覚を外来語に適用しようというのは、ムチャクチャです。
「無理が通れば、道理が引っこむ」 コトバの交通整理ができなくなり、いたるところで脱線・衝突事故がおこることになります。 

「五十音図」を見なおす
「五十音図」は、ヤマトコトバの音韻組織にあわせた音図なので、ヤマトコトバの習得にはきわめて有効です。しかし、外来語には通用しません。それでは、どうしたらよいでしょうか? コタエは簡単です。日本語の実態が変化したのですから、音図も変化するのが当然。これまでの「五十音図」のかわりに、現代日本語全体に通用する音図をつくればよいわけです。つまり、ヤマトコトバをはじめ、漢語、英語などにも通用するような音図をつくることです。
「そんな音図、できるわけがない」などといわないでください。「成せば、成る」、「窮すれば、通じる」、そして「必要は、発明の母」です。
音図は、実用品です。学術研究論文ではありません。できるだけ合理的・科学的であることは必要ですが、あわせて実用的なことが必要条件です。
音図をたよりにコトバを学習するのは、海図をたよりに航海するようなもの。より正確で精密なものが求められますが、なにもないよりは、初歩的なものでもいいから、1日でも早く具体案を提出することです。さしあたり、「五十音図」修正版づくりから議論をはじめ、しだいに本格的な「現代日本語音図」づくり作業にはいるというようなことも考えられます。

董公如氏の「五十音図修正提案」
「五十音図」は、カナ表記を前提にしています。カナは表音文字なので、ヤマトコトバを表記するには、漢字よりも簡単で便利です。まず、カナが発明されなければ、「五十音図」も作れません。また、カナの方が漢字にくらべて、はるかに少数の文字数で文章が書けます。ただし、カナは音節文字なので、音素文字のローマ字にくらべると、正確さや精密さが不十分です。
日本では明治・大正の時代から、カナモジ運動やローマ字運動など文字改革をめざす運動がおこりました。しかし、「五十音図修正論」というのは、あまり聞いた記憶がありません。
かえって、日本語を第2言語として学習した中国人の中から「五十音図修正論」が出されました。
董公如さん(故人)の「五十音図修正提案」がその1例です。提案の要点は、「五十音図のカ行・サ行・タ行などに、子音だけを表わすモジ記号(k, s, tなど)をくわえる」というもの。提案理由は、董氏自身が中国から日本へ留学して医術を学んだが、日本語の中にはたくさんの外来語、カタカナ語があり、あとであらためて もとの外国語(英語・ドイツ語・フランス語など)を学習する必要にせまられた。k, s, tなどの音素文字を採用することで、日本語文の表現能力が高まり、外国からの留学生たちの日本語学習にも役だつだろうというわけです。
董氏の修正提案は1995年秋に作成され、伊井健一郎教授(姫路獨協大学)を経由して、1999年にわたしの手元にとだきました。わたしは董氏の修正提案を要約して「国語運動へのヒント…中国の研究から」という小文にまとめ、「カナノヒカリ」(財法・カナモジカイ機関誌908号。2000.10.5.)誌上で報告しました。ざんねんながら、ほとんど反響がありませんでした。

「現代日本語音図」づくりをめざして
現代日本語全体に通用する音図をつくるには、どうすればよいでしょうか? 「五十音図」はカナという音節文字で表記されていて、ヤマトコトバの原理・原則を習得するための特効薬みたいな作品です。しかしカナ式音節文字では、ヤマトコトバと異質の語音構造を正確に表記することが困難です。やはり、音素文字のローマ字表記の方が、はるかに正確であり、実用的です。
これまで、「五十音図」はカナ表記が習慣でしたが、ローマ字表記を採用すれば、ヤマトコトバでも漢語その他の外来語でも、自由自在に表記できます。まずはローマ字で現代日本語を書いてみてから、あらためて「どんな音図がよいか」考えてみましょう。

「8音図」案
ひとくちに「現代日本語音図」といっても、具体的にはさまざまな発想でさまざまな案が提出されることでしょう。わたしの提案は、「8音図」、「64音図」という2段階方式のものです。
まず、現代日本語の単語を音素段階まで分解し(=ローマ字で表記)、音素別(a, k, sなど)に抽出します。つぎに、この音素群を「調音方法のちがい」などの視点から、8個の小グループに再編成します。これが、わたしの「8音図」案です。
<><><><> <><><><>
a
k
m
n
p
r
s
t
a, e, i, o, u, w, y
k, g, ng, h
m
n
b, p, f, v
l, r
s, z
d, t
aグループは、母音・半母音のグループ。
■ヤマトコトバのハ行音は、もとp, ph, f音と解釈されています。
■l音とr音は、英語などでは明確に区別されますが、日本語などでは区別されません。英語では、母音化することもあります(car, card, talk, walk)。
■一般に、子音が基本義を決定し、母音は関係しないと考えられています。ただし、母音も子音なみに作用することがあります(ia>ya[]ua>wa[]など).
■この音図は、現代日本語の実態に合わせて作った音図ですが、漢語・英語など外国語との共通音図としても利用できるようになっています。
■音素群の配列順序は、最初五十音順にしていましたが、途中からabc順、つまりa, k, m, n, p, r, s, tの順にしました。

64音図」案
「8音図」ができたことで、「現代日本語音図」づくりの基礎作業は終わったといえます。この「8音図」にしたがって、ヤマトコトバや各種外来語を表記することができ、それを資料として外国語との音韻比較作業をすすめる道もひらけてきます。
ただし、いまでは「カ」、「タ」、「ナ」などと聞いただけで、すぐに [鹿・蚊・香・日・髪]、タ[田・手]、ナ[菜・名・刃]などの単音節語を連想できる日本人がすくなくなりました。
そこで「8音図」にあわせて、「8音の順列組合わせ」による「64音図」案を用意しました。「カ」、「タ」、「ナ」だけではピンとこない人でも、カク[掻・書・画・懸・欠]、カツ[且・勝・合]、カム[噛・醸]、カル[刈・借・狩・枯・干]、タツ[竜・絶・立]、タル[足・垂]、ナク[泣・鳴]、ナス[鳴・成・為]、ナル[鳴・成・為]などの2音節語になれば、かなりピンとくるのではと考えたからです。
<><><><> <><><><>
a-a
a-k
a-m
a-n
a-p
a-r
a-s
a-t
k-a
k-k
k-m
k-n
k-p
k-r
k-s
k-t
m-a
k-k
k-m
k-n
k-p
k-r
k-s
k-t
n-a
n-k
n-m
n-n
n-p
n-r
n-s
n-t
p-a
p-k
p-m
p-n
n-p
n-r
n-s
n-t
r-a
r-k
r-m
r-n
n-p
n-r
n-s
n-t
s-a
s-k
s-m
s-n
s-p
s-r
s-s
s-t
t-a
t-k
t-m
t-n
t-p
t-r
t-s
t-t
■ヤマトコトバのアユ[鮎・肖]はa-aタイプ、アウ[合・会]<アフはa-pタイプ、ハム[食・]p-mタイプに分類されます。
■漢語のカツ[割](上古音kat、現代音ge)や英語のcut(中古音cuttenは、ヤマトコトバのカツ[且・勝・合]とおなじk-tタイプに分類されます。このことから、日漢英共通基本義として「カツカル・カチワル」姿が推定されます。
■漢語のコウ<カフ[甲](上古音kap、現代音jia)や英語のcap(古代音caeppeは、ヤマトコトバのカブ[頭・株]・カブラ[蕪]とおなじk-pタイプに分類され、日漢英共通基本義として「カブル・カブリツク」姿が推定されます。
■「コトバの意味を決定するものは子音」なので、この音図では、母音が無視されます。また、ヤマトコトバとのカツ・カブは2音節と計算され、漢語の[割](kat)や[甲](kap)、英語のcut, capなどは1音節と計算されますが、ここでは音節の計算は無用。いずれもk-tタイプ、k-pタイプなど、等質の語彙比較資料と見なされます。
■この「64音図」は、漢語や英語との音韻比較にも利用できるので便利です。
■この「8音図」、「64音図」とも、イズミ個人の試案に過ぎませんが、「現代日本語音図」づくりのたたき台として役立つことができればと願っています。


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