山室中学教職員
「英語学習における能力差の問題をどう考えるか?」、1965.8.
「古代日本語の構造にかんする仮説」、1969
「象形言語説による英語音韻論」、1970
「英語学習基本語い集」、1971
山室中学校へ転勤
1965年4月、 山室中学校へ転勤を命じられ、1972年3月まで7年間勤務することになりました。
じつは、手元に当時の校舎の写真が見当たらず、教職員の写真だけ掲げましたが、これも何年度のものか、思いだせません。ボケましたね。
常願寺川の河川敷に精通
1年1組を担任。1966年1月に発行した「学級通信」が残っています。ただし第2号まで。東部中学時代の「カガミ」のようなわけにはゆきませんでした。
校務分掌では、生徒指導を担当。生徒の中には、学校をさぼって、自動車製造工場敷地に並ぶバスの中で仮眠したり、常願寺川の川原をさまよったりするものもいました。そのたび心当たりの場所へ探しに出かけます。おかげで、常願寺川の川筋や、おおきな岩のありか、グミの木のありかなど、あらかた覚えました。いっぺん大雨が降れば、すっかり様変わりするわけですが。
学習指導法改善を目指す研究会
北部中学のころ、学校課題として「生徒の能力差に応じた学習指導」の研究にとりくみました。
山室中学に来てからも、富山市中教研の外国語部会でこの問題について議論しました。
さらに、1966年1月、日教組15次教研全国集会(福島市飯坂)の外国語分科会でも、「能力差の問題」がとりあげられました。このとき提出したリポートが「英語学習における能力差の問題をどう考えるか?」(北部中学での「能力別学級のこころみ」の実践報告)です。
真剣勝負で議論
福島の教研集会で、石川・新潟・兵庫など全国各地の英語教師たちの話をきくことができました。みんなたいへんな勉強家ぞろいで、それだけ自信に満ちた教師・研究者・活動家たちでした。それが真剣勝負で議論を戦わせます。「これこそ本物の教育研究だ」と痛感しました。
富山へ帰ってから、市教組の仲間たちに福島教研集会の様子を報告するとともに、あらためて「教育研究のありかた」について討論をおこすよう呼びかけました。
「なんのために外国語を学習するのか」…「能力別学級編成」と「小集団による学習指導」(市教組機関紙「けんせつ」18号、1966.4)。
「仮説、象形言語説」を発表
わたしは中国語を専攻したことから、日本語(ヤマトコトバ)と中国語(漢語)の音韻比較作業をはじめ、やがて「ヤマトコトバの成立過程」について自分なりの仮説を立て、発表しました。
1968年2月、「古代日本語の形成過程Ⅰ」…古事記と魏志倭人伝の分析から
1668年10月、「古代日本語の形成過程Ⅱ」…単音節からマクラコトバまで
1969年7月、「古代日本語の構造にかんする仮説」…「語い構造にかんする仮説」、「音節構造にかんする仮説」、「単語家族表」
いずれも、著作などと呼べる作品ではありません。1968年4月、広瀬誠先生からご批判をいただき、上代日本語カナヅカイの問題から勉強しなおすことになりました。
広瀬先生との論争で完敗しましたが、それは致命傷にはなりませんでした。それよりも、中国語の学会の席で先輩から「仮説というからには、せめて3か国語以上について論証せよ」と忠告されたことの方が気になりました。日本語と中国語と2か国語だけでは、点か線にしかなりませんが、3か国語なら、なんとか面になるからです。
英語は専攻でないので、だれか共同研究者になっていただければと考えていたのですが、そんな奇特な方はなかなか見つかりません。やむなく自力でトボトボ歩きだすことにしました。
1970年7月、「象形言語説による英語音韻論」…発音と意味の対応関係をさぐる
1971年2月、「英象形言語説による語学習基本語い集」…富山県教育委員会島上与作氏のご高配をいただき、財団法人教育振興会から教育研究奨励金の交付をうけました。
「象形言語説」発表の動機
どうしてこの時期に「象形言語説」などというオバケみたいな議論をはじめたのか?ご参考までに、前記「象形言語説による英語音韻論」の<あとがき>から要約、引用します。
69年のくれ、東京の兄のところで、なくなった父の葬儀をすませたあと、母校の東京外大をおとずれた。正面の校舎のカベに「帝国主義大学解体」など、はげしいコトバがペンキでかきなぐられていた。研究室のカベにも「○○よ、ただちに辞職せよ」といったおどし文句。「大学紛争」の中で、教授と学生たちとの間に共通のコトバが失われていることを見せつけられた。
いくつかの研究室をたずねて、教授たちにわたくしの仮説を説明し、いろいろ指導、助言をいただいた。よい勉強になったと感謝すると同時に、なんともいえないムナシサを感じていた。つまり「断絶」である。コトバにたいする感覚のズレである。
国語教育でも、外国語教育でも、「コトバの音声面」をだいじにするよう強調する。しかし「コトバは生きている」などという人でも、「コトバは発音そのものに意味がある」、「発音と意味とのあいだに、整然たる対応関係がある」というところまで、ふみこんで探求しようとはしない。これでは、コトバを生きたままの姿でとらえることはできないではないか?
わたしの場合、「発音と意味の対応関係を考えようとするのは、ムダですよ」という忠告が逆に作用して、「そういう常識をつきやぶって、あたらしい理論をうちだしてみよう」という気持になった。そのいきおいで、「象形言語説」までたどりついた。